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毘沙門天と光り輝くものへ


by bisyamon0114
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<   2017年 04月 ( 5 )   > この月の画像一覧

私は大人になって不調をきたすほど、母から愛情をもらえませんでした

それは潜在意識の中に刻まれて黒い塊の病巣を作っていました

(2015年2月15日のブログに書いています)

今の私とは別人のようで「早く死にたい」という願望をもつ暗い子供時代135.png

母は私と妹に「お前たち2人がいなかったら楽だったのに」とボヤいていました

今はそんな母の事も理解できるようになりました

母は自分の転落人生は自分自身のせいだと分かっていたからこそ、私達に八つ当たりしたのでしょう

とにかく理屈抜きに苦しかったのでしょう

母の姿で忘れない映画の様なシーンがあります

貧乏な家に不相応なポーラのおしろいをはたいている後ろ姿…

母の人生を思うと平家物語の一説を思います

おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし…173.png

「おごれる者久しからず」を身をもって経験した母は随分歳をとってから、そういう自分の人生の出来事を語り始めました

私が30代半ば、母は70過ぎのころに なると思います

長男と暮らす母を定期的に訪ねていた時のこと、母の部屋の押入れから探し物を頼まれ偶然古びた箱を見つけて出しました

母が「あら、そんな所にそれはあったか」と言い箱を開けました

箱の中にはたくさんの写真が入っていました

特に目を引いたのが、写真館で撮った女性の写真

パーマ頭に、白いブラウス、ハンドバッグを腕にかけポーズをとった姿

「この人誰?」と聞いたら、それは若い頃の母でした

大正5年生まれの母の時代にしては相当なおしゃれな女の人、裕福な家のお嬢さんとわかる写真でした

母はニコニコして写真をみて、嬉しそうでした

それから母の歴史を聴いたのでした

小学校には女中さんにおんぶしてもらい通っていたこと、勉強が嫌いで女学校や、裁縫教室をサボって何も身につけられなかった事、わがままいっぱいに育てられた事

一番驚いたのは、母は祖母の養女だった事でした

祖母も一人娘で養子を取り家をつぎ、祖母は自分の息子の子供、つまり孫にあたる母を溺愛して養女にしたそうです

自分の総ての財産を母にあげたいと育てられた母はわがままいっぱいに育ち、結局父と駆け落ちして祖母と祖父を悲しませました

母が子供を産み 、祖母が仕方なく結婚を許した時、父は祖母の杖で「お前なんかに嫁がせるために○○(母の事)を育てたのではない」と何度も叩かれたそうです

その後、祖母は父に土地も家もあげるからと申し出たけれど父は受け入れなく、母は祖母が生きている間、随分お金を無心したからと祖母が亡くなった後は財産放棄して、父が早く亡くなり、母は貧乏まっしぐらの人生に落ち入ったのです

そして母は、自分が華やかだった頃の写真は箱に入れ、どこにあるのかわからない様にしまい込み、何十年も見ることはなかったのです

そして私達に「人間いつどうなるかわからないから、人をバカにしたらいかんよ!
人生は良い時と悪い時と半々だから…」

と諭すような人になりました

でも晩年の母は自分は幸せだと言っていました162.png

そして母が亡くなり、母が大きな旅客船に乗り旅立っていくのを観た時、母は写真館で撮った写真の姿、パーマをかけたヘアスタイルに素敵な洋装のお嬢さまスタイルでした

「アー修行が済んだ、済んだ」と船尾に立ち後方を見ていました

風に吹かれながら、清々しい表情で地球を去って行きました

お母さんご苦労様でした101.png

今月のヨガランチ、キッシュと季節の焼き野菜、スープ
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by bisyamon0114 | 2017-04-26 01:54 | Comments(0)
今生の私の子供の頃の生活状況は、なかなかきびしいものでした

私は3才、一番下の妹は2才、7人の子供を残して父が亡くなり我が家は貧乏でした

母は誇り高い人で、父が亡くなって生活保護を勧められても「わずかなお金をもらって、人様のお世話にはならない」と断ったそうです

母の信念は「父親が居ないからとバカにされないように!」

なので、子供に対する躾は厳しく、優しい母の思い出はありません

兄と姉達が早くから働き、我が家の生計をたてていたようです

私は小学校低学年の頃、母から養女に行かないかと何度も打診されました106.png

男の子しかいない親戚の家、子供のいない知り合いの家など…

私は大人しい無口な子供だったので、扱いやすいと思われたのでしょう

子供にとっては、どんなお金持ちの家でも宇宙に行くようなもの、結局行かないで家に居座りました

そして、私は子供心に思っていました

「私はここの家の子供ではない、こんな貧しい家の子供ではない、本当の優しいお母さんが運転手付きの黒い立派な車に乗ってお迎えに来てくれるまで、仕方がないのでここに居よう」

私は、本当はお姫様なのに、何故ここに居るのだろう?

と、毎日お姫様の絵を描いていました

日本のお姫様、西洋のドレスを着たお姫様、西洋のお姫様の住んでいた家の間取り、自分の部屋の家具や窓のカーテン、見たこともないピアノ等

いま、思えば、その時の状況がとても苦しくて、前世の思いでに浸って逃避していたのでしょう

小さな子供は前世の事を覚えていると言いますが、その時はそんな状況だったのです

私はいつも家で一人遊びをしていました

でもそれが大好きでした

保育園も学校も、放課後ともだちと遊ぶのも嫌いでした

そんな私は母に気の強い子供で、何を考えているか分からないと嫌われていました

母の言葉で一生使える名言があります

「人生は半々だから、今は良くてもいつどうなるか分からない」

母自身の人生を振り返って思う生きた言葉でした

修行場の桜、山中なのでまだ残ってました
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by bisyamon0114 | 2017-04-17 08:07 | Comments(0)
私は4つの前世を思い出しましたが、多分それは今の私にとって重要な生き方を示すものです

思い出したのは自分の力では無く、もちろん毘沙門さまの力をお借りしてのことです

4つの前世では、長生きした事はなく長くてもせいぜい30才くらいまで134.png

その中で、海外での前世が一つありますが最近それがイギリスだったとわかりました

ずーっとフランスかドイツと思いこんでいましたが最近解りました

数ヶ月前ホメオパシーのレメディーの先生のカウンセリングを受けていたら、前世の思いでの中で

「私はイギリスに生まれた事もあります…」

と無意識で話し、あっフランスでもドイツでもなくイギリスだったんだとわかりました

その時、ホメオパシーの先生の前世の姿が今の先生の姿に重なって観えました

先生は小さな引き出しがたくさん付いている箪笥の様な薬いれの前に座っておられました

伝記で読んだキュリー婦人のような姿でした

先生にそれをお伝えすると、以前他の人にも同じような事を言われたとおっしゃいました102.png

そして、自分は前世、薬草を処方して病気を治していたので魔女裁判にかけられ火あぶりの刑で殺されたようです…と

やはり、何度生まれ変わっても自分のお役目は変わらないのです!

私はイギリスでの前世で女の子を産み、赤ちゃんの時にその子と別れました

結婚して子供を産んだのはその時だけです

子供は旦那さんの方に取られ、私はその後病死しています

多分、 肺を悪くしていたので子供に移らないように離されたのかも…

その時の娘が今の千春さんです

千春さんは、赤ちゃんの時は日本人離れした顔立ちでした

私に気がついて欲しかったのでしょうね

私の思い出した前世は、ほとんど裕福な家庭で一人っ子

前世、その頃の私は、普通の家の兄弟、姉妹、ワイワイと楽しそうな家庭が羨ましく
普通に働いて、自由に暮らしたかったようです

そして、また生まれ変わるためにお母さんを探していた時、今生の母を見つけたのです

母の家は、棺桶から反物、食料品と何から何まで扱う大きな商家で女中さんが何十人もいたそうです

その財産は一人娘の母の物でしたが、それを全部捨てて貧乏な父と結婚し、その後の苦労は並大抵のものではなかったようです

母は好きな人と駆け落ちし親不幸をしたとの後悔があり、両親が亡くなった時は財産放棄しました

私はそんな母の潔さにみせられ、たくさんの兄弟姉妹の仲間入りをさせてもらいました

産まれてくるときに記憶を消されるので皆な覚えてないのですが、今のお母さんは自分で選んでいます

自分の家族も自分で選んでいます

そして、自分で選んだ母のもとでの人生は想いもしないほど大変なものでした

今年初の筍、光柳院産

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夜はまだ寒いので薪ストーブを焚いているので、ストーブで筍湯がき
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筍のちらし寿司完成、ひともじも光柳院の畑産、お吸い物にも畑のルッコラいれてみました、メチャ美味しかったです

今度の写経会の メニューはこれかな!
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🌸4月の写経会のご案内です🍀

❶4/23(日曜日) :10時半〜(初めての方は10時にお越しください🍀)

◯参加費
写経一巻:1,000円
写経後、お時間のある方は精進料理をどうぞ😄(1,500円)
◯ 食事はご予約お願いいたします🙏🏻
◯別日に写経できます。ご予約ください。

皆様のご参加をお待ちしております✨💗










by bisyamon0114 | 2017-04-14 01:21 | Comments(0)
3年前98歳で亡くなった母の命日は4月6日

誕生日は4月10日なので、生きていたら昨日で101歳でした

100年に近い母の歴史を思い、この時期には母を偲び色々な事を思います

母の話で一番驚いたのは「父と駆け落ちした」という話です

私の両親は結婚を反対されたので、駆け落ちして2年間も逃げ回っていたそうです

母の両親が反対したのです

その後一番上の姉が生まれたので、仕方なく結婚を許されました

私は兄3人、姉妹5人、合わせて8人の中の7番目です

私は覚えていませんが3番目の兄が小学生で亡くなっています

兄が誤診で亡くなった年に、父が病死しました

その時、私は3才なので記憶にはないのですが、心に悲しみが刻まれているのを大人になってから気がつきました

母は駆け落ちまでして結婚した父と、二人の子供を産んだ後、第二次世界大戦のため父を徴兵され長く離れ離れになったそうです

そして、戦争で身体を悪くした父は49才で亡くなりました

母は父と暮らした期間が余りにも短かったと、子供の私達にぼやいていました

父のことを話す時に必ず言うのが、父は「よか男だった〜」訳せば超 イケメンだったと言うことです

母はイケメン好きだったので、父と駆け落ちしたのです119.png

母の両親から結婚を反対された理由は父の家が貧乏だったから!

母は裕福な家の一人娘で養子をとって、家を継がなければという立場だったので、自分の自由にはできなかったそうです

母は働いた事がなく、お金は自動的に湧いてくる物だと思っていたので、全ての物を捨て父と駆け落ちしたそうです

んードラマやな〜〜

で、私は自分の過去生、前世を思い出した時に驚いたのです

駆け落ち、私と一緒だ!

阿波国の城主の娘だった頃、私は預けられたお寺から、駆け落ち同然で逃げている

私は間違いなく、母を自分で選んで生まれてきたのです

(2015年のブログに前世の記憶のことを書いています)



畑に春がきました、ルッコラにてんとう虫

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そら豆、スナップエンドウ

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by bisyamon0114 | 2017-04-11 09:36 | Comments(0)
4月6日は私の母の命日で、2日(日曜日)に実家で3回忌の追善供養の法要が行われます

私の兄はきちんとした人で、父の供養も50回忌までしました

母の法要も、兄弟、姉妹、甥、姪、いとこ達、親戚一同をよんで親睦会を兼ねて行います

本当に大変だと思い、兄は偉いな〜と感謝です173.png

実家は浄土真宗の寺の檀家なので、昔からお世話になっているお寺さんからお坊さんが来られます

私は真言密教の僧侶です

出家する前は、興味のなかった 追善供養の法要もどこら辺が違うのかなど、とても興味深く、また勉強になります

私は、お葬式もせず墓地も作らない 、檀家も持たない、生きている人の事しかしないと言っています

依頼があれば先祖供養 もしていますが、最近気がついたと言うか実感した事があります

先祖供養をしたら、依頼主の人がどんどん良くなられる、幸せになられると言う事です

自分の事を祈願されなくても、その人に必要な良い事が起こり、悩みが解消していくのです

それを目の当たりにして、先祖供養の大切さを実感し、供養のお経を上手に組み立てられるよう、お経ももっと上手にあげられるようになりたいと思いました

師僧から神様、ご先祖さまは依頼主の使われた費用は10倍にして返されると聞いていますが、私は20倍にも30倍にも返されていると思います

私自身も出家してから、本当に幸せになりました〜162.png

どんな事が起こっても、自分に必要だから起こったのだと思えるようになり、不安がなくなりました

母の3回忌の供養、私は少し早めに3月28日に師僧の庵で師僧と一緒に行いました

春の香りのお花、水仙にフリージア、ベジタリアンだった母は果物とお菓子が大好きでした、千春さんの作ったワッフルなどの供物をあげました

師僧にはとても丁寧に供養をして頂きました

そして、私自身も母のためにお経をあげられるようになった事に感謝です

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by bisyamon0114 | 2017-04-02 00:07 | Comments(0)