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毘沙門天と光り輝くものへ


by bisyamon0114
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台風すごかったですね008.gif

わが家は大した被害も受けませんでしたが、周りの状況を見たり聞いたりして驚きました!

わが家は18時間くらい停電したので、夜はロウソクを灯して過ごしました。

すると、光照は幼少のころの生活を思い出し、しみじみ胸がジーン・・・懐かしくなりました。

もちろんロウソクで生活していたわけではないですが、家には現在のようにたくさん照明がなかったので夜は薄暗く、屋外は真っ暗、月が輝き、星が降るように見え飽きずに夜空を見ていました072.gif

他に、4月に亡くなった母がはがまでご飯を炊いていた姿なども思い出しました。(電気釜使えないので、私も土鍋でご飯炊きました)

そう思うと停電したこともありがたく感じられました023.gif

食卓にロウソクを灯して

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私はガイアシンフォニーの佐藤初女さんのおにぎりにに異常なほど反応し、おにぎり作りが大好きになりました。

そして気が付きました037.gif

前世、四国(阿波か土佐)にいたころ、しのさんがお城を抜け出し、貧しい人におにぎりをくばりに行っていたことを。

ガイアシンフォニーの初女さんの姿を見て、私は遠い、遠い過去、前世の自分の姿を思い出したようです。

おにぎりといえば、今年も毘沙門祭りの会場としてお借りする不知火の懐水集さん!

釜戸で炊いたご飯で作られる、ふくちゃんのおにぎりがめちゃ美味しい049.gif

懐水集さんとの最初のご縁は、ガイアシンフォニー第6番に出演されている奈良ゆうじさんと、ヒーラーの青柳麻喜さんを懐水集お食事にお連れしたのがご縁でした。

魂の記憶にあった、おにぎりの思い出で広がった、素敵なご縁です。








by bisyamon0114 | 2015-08-27 13:17 | Comments(0)
Hさんとの会話で印象的だったことがもう一つあります。

Hさんには小学生の娘さんがおられるそうですが、何処に出かけても娘さんに「ゴミ一つ置いてきてはいけない!自分の家以外でも綺麗にして帰りなさい!地球はみんなのものだから」と言っています。

と話されたことです。当たり前のことのようですが、今時の母親は成績のこと、塾や習い事には熱心ですが、Hさんの言われるようなことを一番大切なこととして教育している人は少ないと思います。

私も、自分の娘にそんな事を言ったことがありません。

私は巫女のMさん、大日如来にお仕えされているHさんと、自分のことはさて置き、周りの人達を助けるために働かれている人達の姿に驚き感激しました。

その後Hさんとはお会いしていません。
電話で数度お話しましたが、そのたび「お互い周りの人たちを助けていきましょうね」と言われたのを思い出します。

私はHさんと出会いで、人間は輪廻転生するということを身をもって知りました。
(のちに、自分の前世のことを何故思い出させられたのかという訳を知ります)

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私には大切な出会いが幾つかあります、その中の一つはガイヤシンフォニー(地球交響曲 龍村仁監督)というドキュメンタリー映画第2番に出演されている佐藤初女さんを知ったことです。

初女さんは、青森県の岩城山の麓に憩とやすらぎの家「森のイスキア」を主催されています。

森のイスキアには心や体を病んだ人がやってきて、初女さんの作るおにぎりや料理を食べて元気になり帰っていく。

私はこの映画のDVDを何度みたことでしょう。

私は社会のお役にたちたいと思うけれど、何をしたらいいだろう?

と考えていたときにこの映画に出会い、私は熊本の初女さんになりたいと思ったのです。


昨年から身近な人達が他界され寂しくなっています。

今日はまたお別れの式(お葬式)に行きます。ここ数十年間で、こんなに悲しい別れはありません。

9歳で天国に旅だった私の姪の子供○○ちゃん・・・ずっと病気と闘いながら周囲の人達を気遣い、お母さん、お父さん、おねえちゃん、おばあちゃん、おじいちゃん、病院の看護士さんみんなにありがとう、大好きと言って天国へ行きました。

涙は不思議、どこで作られるのでしょう、どんどん出てきてとまりません。

私のところにも最後にきてくれました。

自宅にいたのですが、旅立った時間にすやすやと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきたのです。私のことまで気遣ってくれ「安らかに旅立ったよ」知らせに来てくれました。

○○ちゃんから、また○○ちゃんのご家族からたくさんの良いことを学びました。

何もお役に立てず申し訳なく、今度は健康な体で、また今のお母さんの子供に生まれさせてください、と神仏に手を合わせました。



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by bisyamon0114 | 2015-08-19 11:22 | Comments(0)
Hさんと会話が弾む中、Hさんが突然私に「前世、そんな感じのドレスを着て馬車に乗って行かれてましたね」と問いかけられました。

その日、私は胸元からギャザーが寄せてある、薔薇のプリントの服を着ていました。

私はとても驚きましたが、時々夢のように浮かんでくるもう一つの自分の前世の姿が観えられたのだとわかりました。

その日Hさんにお会いしたことで、今まで観た自分の前世を証言してくれる人が現れ、私の観たものが本当だったと確信できて嬉しかったです。


私はヨーロッパのどこかの国の貴族の娘だった、そのころの様子を写真で見るように断片的に観ることがありました。

まず、観たのは教会、ステンドグラスの美しい教会の十字架の前で私は尼僧の服を着て祈っています。

手を合わせ、泣いています・・・心の中で「こんなに毎日祈っても、世の中の貧しい人達を救うことはできない。何も変わらない。」

どうも自分の無力を悲しんでいるようです。

その後、私は森の中の別荘にいる自分のところに飛んでいきました。

(色々な記憶を思い出すときは、鳥のように飛行機のように空を凄いスピードで飛んでそこに突っ込むように降りていきます)

部屋のあちこちにランプが灯してあり、窓の外には広大なお庭があります、広々として遠くに樹木が茂っています。

私はカールした髪をほどいて(たぶんいつもは結っている)胸にギャザーが寄せてある簡単なドレスを着ています。

どうも病気のようです025.gif

元気なころは、飾りのある大きな帽子を被り馬車に乗って町に出かけていました。

石畳の街、綺麗なツルがはったレンガの家や大きな建物もあります。

私は一軒の大きな家に入って行きます、ベビーベッドに女の子、赤ちゃんが寝ていてその子を見ています。

その子は私の子供のようですが、何故かお別れしているようです。

詳細はわかりませんが、私は貴族の娘でしたが世の中の不合理(貧富の差など)が辛く、家を出て教会で尼僧になりましたが家に連れ戻されたようです。

その時には病気になっており、森の別荘で静養していましたがそのまま死んでしまいました。

その時の名前はビクトリア。

しのさんもビクトリアさんも早死にしています。

Hさんは、毘沙門さまの棚に飾ってある白百合を見て私のもう一つの前世が観えられたようです。

マリアさまの象徴は白百合、私はこの日、自分が白百合が好きなわけを知りました。

修行場のもみじはうっすらと紅葉、もう秋の気配です。

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by bisyamon0114 | 2015-08-14 07:55 | Comments(0)
やっと梅雨開けしたら猛暑、自然の営みは意味があるので全て計算されたことなのでしょうね。

今年、神様がたくさん水まきされたのは、汚れがひどく、洗い流すのに時間がかかったのでは・・・057.gif

私が祈願やお祓いをするときも、まずは全ての汚れたもの(私自身も含めて)水で清めるという観念を持ち、所作を行います

お掃除は水で流すのが一番綺麗になりますからね。

本日、現生で生きるためのお金を稼ぐ仕事が一段落しました003.gif

ありがたいことに、10日くらい仕事をすれば1か月分の収入を得ることができるので、僧侶としての活動ができます。

明日からまた修行の続き3日間は山籠もりで後は自宅でやります、今月は真言密教九州教団の講習会が2日間福岡の東長寺であるので大忙しです。

でも写経会もやりますよ!

23日(日)には予約が入っていますので、このブログをご覧の方も23日ご都合が良ければご予約くださいね。

先月の写経会のこころざしご飯、ごぼうとクミンの炊き込みご飯、トマトのマリネ、えのきと小松菜のゼリー寄せ、和風ミネストローネ,
もやしと香り野菜の胡麻和え

デザートは手作り豆乳アイス、ココアクッキー、すべて光照と娘の千春さんの手作り、写経で心、食で身体の両方の大切さを学んでいただくために!


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2010年、2月毘沙門様をおまつりし、5月15日に毘沙門さまとの出会い(7)に出てこられるHさんに自宅に来ていただきました。

Hさんは、伊勢神宮で撮影したオーブ(ティティティア)の写真をみていただいた人です。


ブログ(7)にHさんについて書いていますが、それはだいたこの日わかったり、お聞きしたことです。

約束の日の前日、家を掃除していたら前年、高野山の美術館で買った大日如来様の絵葉書が出てきました(買ったものの行方がわからなくなっていました)

みつかって大喜びの私は、さっそく絵葉書をリビングの壁にはり、毘沙門様の棚には白ゆりを活けHさんをお迎えする準備をしました。

当日、Hさんを紹介してくださったYさんとともにいらしたHさんは、30代の女性の方でした。

リビングルームに入り、椅子にこしかけられたとたん壁の絵葉書を見て「大日如来さまですね」と言われました。

小さな絵葉書で古い仏像が写っているだけなので、大日如来様とわかられただけでも驚き「よくわかられましたね!」と言うとHさんは「私は大日如来様にお仕えしていますので」と答えられました。

その日のために出てきた大日如来様の絵葉書は、Hさんにそのまま差し上げました、粘土で大日如来さまを作ったと言われたHさんは
絵葉書をとても喜んでくださりました。

そして、毘沙門様の棚を見られたHさんは「白ゆり、マリアさまですね」と一言。

その一言から、私のもう一つの前世の記憶のお話につながりました。

修行場の清流、飲み物冷やせます049.gif

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by bisyamon0114 | 2015-08-10 13:57 | Comments(0)
毘沙門さまの開眼後、私は神棚の横にさらにもう一つ棚を作り毘沙門さまの厨子をおきました。

その時の私は、ただ毘沙門さまと毎日一緒にいたいという思いで仏像まで作ったので毘沙門さまの供養の仕方など知りませんでした。

まず、神仏にお仕えされている知人に毘沙門さまの棚を作る場所を相談することから始まりました。

第一希望は、毎日できるだけ長く一緒にいたいので私の自室。(寝るときも一緒にいられる016.gif

現実的には、神棚の横に作るのが一番簡単で、家族もお参りできる場所でした。

しかし、最初に相談した人は神道の方でしたので、それはすべて却下、毘沙門さまの棚は神棚の下に作りなさいと助言されました。

神様が上で仏様が下、まるで神仏に上下があるように聞こえたので納得いきませんでした・・・

そして次に相談したのは、電話相談のボランティア仲間、僧侶の彼は「柳子さんの心の中では、神様も仏様も同じように大切なのですよね。それであれば、棚は神棚の横に作られたらどうででしょうか。」

私は人間に上下はなく平等、人間の心が上下を作る、まして神仏に上下があるはずはないと、晴れやかに神棚と並べて毘沙門様をおまつりしました。

出家してから、「いろんな神仏にお参りしてよいでしょうか?神様は喧嘩されないでしょうか?」と聞かれることがあります。

そういう時、いつも毘沙門さまの棚作りのことを思い出します。

今は、皆さんに「仏、仏平等ですよ。神様にも仏さまにも自分がご縁のある神仏にお参りされてください。」とお答えできるようになりました。


2015年3月、何の作法もわからず、おまつりした毘沙門さま

棚と厨子は大工さんに作って頂きました。

蝋燭とお花の位置も左右逆、香炉もなく、まるで部屋のインテリア!

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by bisyamon0114 | 2015-08-01 08:40 | Comments(0)