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毘沙門天と光り輝くものへ


by bisyamon0114
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<   2015年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

その日、毘沙門灌頂を午後から受ける予定でしたが、その前に仏像の開眼をしていただく手はずが整いました。

照真尼さんに呼ばれて事務所の前に行くと、全身黄色の法衣を着たお坊さんが立っておられました。

私が仏像の入った箱を渡すと、中を覘いて「ほー毘沙門さまですね」とおっしゃいました。

そして、私が熊本から来たとお話すると、そのお坊さんは「私の寺も熊本にありますよ・・・」と言われ、私は驚きました。

お坊さんは、熊本のお寺を息子さんに譲り自分は住職を退き、今は八女の山の中の庵に一人で住んでいると話されました。

千手院の館長さんは、お坊さんが住職をしりぞかれたと知り12年に一度の大祭を手伝ってほしいとお坊さんに依頼され、信貴山に来ているということでした。

「熊本の私のお寺にも毘沙門さまがおられますよ」

と言われたので、お寺の場所などはお聞きしましたが、自分の名前はなのられませんでした。

数分間お話しした後、護摩堂に入り開眼式が始まりました、護摩堂には、お坊さんと私だけでとても厳粛な雰囲気がしました。

今現在はっきりと思い出すことは、お坊さんから白い布をかぶせた台を渡され「布をとってください」と言われ、白い布をとったら私の毘沙門さまが現れたのが印象的でした。

まるでその時、初めて毘沙門様をみたような新鮮な感覚に落ちいりました。

そのお坊さんが現在の私の師僧です!

後に師僧に、私の毘沙門さまの開眼を毘沙門灌頂の日にして頂いたとお話しても、そんなはずはないとのいってんばりでした。

師僧曰く「毘沙門灌頂の日にそんな暇があるはずがない、12年に一度の式で全国からたくさんの人達がみえられるからそんな時間はとれないよ!」

それで、私がその時の様子の詳細、師僧の服装まで話し、間違いなく私が毘沙門灌頂を受ける前に開眼式をおこなったと理解されました。

今でも「よくその日に開眼式ができたな~」と話されます。

私は、師僧との出会いを思えば、なぜ予定通りに仏像ができあがらなかったのか納得できます。

毘沙門灌頂に出発する直前に仏像が完成しなければ、私は福岡の雷山で毘沙門さまの開眼をする予定でした。

毘沙門様は、仏師を病気にして(ごめんなさい)仏像の完成を伸ばし、私と師僧を出会わせてくださったのでしょう。

今日は水神あげの伝授のために、師僧の庵に行ってきま~す。

今月中予定していた修行は一昨日で終わり、昨日は事務所の仕事、今日は水神あげの伝授、忙しい毎日ですが健康で日々過ごせることに感謝です。


光照は子供の時から、お肉が食べれません。牛乳も卵も苦手、お魚もあまり食べません(お寿司だけは好き???)

で、果物が大好物!毘沙門さまの供物、果物だらけですね029.gif

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by bisyamon0114 | 2015-07-28 01:23 | Comments(0)
毘沙門さまの仏像を注文して、2か月以上過ぎてもなんの連絡もありません・・・

12月も押し迫り、いよいよおかしいと思い注文したお店に電話をいれたところ、何と仏師が病気でいつできるか分からないと言われました002.gif

お店の人に、できれば翌年2010年寅年2月24日の毘沙門灌頂に持っていき、仏像の開眼をしたいとの旨を伝えました。

予定では2009年年内に、仏像が出来上がり次第、雷山のお寺で開眼していただこうと思っていましたが予定通りにはいきませんでした。

そして、やっと我が家に2010年2月18日毘沙門さまが届きました!(ちなみに、その日は大安)

私は出来上がった毘沙門さまの仏像と共に奈良、生駒山の信貴山へ毘沙門灌頂を受けるために旅立ちました!

予定してなかった、毘沙門様の開眼も信貴山の千手院さんにお願いすることになりました。

そして、私は千手院で運命の出会いをすることになります。


毘沙門灌頂、毘沙門さまの開眼を終え満ち足りた表情です。

千手院、護摩堂の前、でもこの時も私の顔は別人なんですよね~???(たぶん、前世の私しのさん)

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by bisyamon0114 | 2015-07-24 13:42 | Comments(0)
今月は修行を始めたため、なかなか時間がとれずブログも進みません。

先日、奄美の花凜ちゃんとの電話で「花凜が出てくるのは、 今年は無理だね」

と彼女が言っていましたが、そうならないように進みたいものです。


でも花凜ちゃんとは今年も熊本で会えます。

今年の毘沙門講祭りは10月25日(日)の予定です。

花凜ちゃんが、今年も三線弾いて島唄うたいに来てくれますよ!

昨年皆さんに喜んでもらい、また聴きたいとのリクエストに応え演奏依頼しました049.gif

もち恒例の今井てつさんの演奏もあります。

でもメインは午前中の大般若祈祷ですので、コンサートは毘沙門さまへの奉納です!

また後日詳細はお知らせいたしますので、日にちだけは空けておいてくださいね058.gif

5月に師僧に以下のようなお願いをしました。

「先生、考えてみたら私は祈願やお祓いをしたくて僧侶になつたのではありません。緊急の場合

はしかたないですが、それ以外は先生にお願いします。

先生がご高齢になられ、きつくなられたらやりますので。」


なんて、自分に都合の良いことをいったとたん、わぁおー!


くるは、くるは、さまざまな依頼が008.gif

施餓鬼供養、追善供養、歯科医院のお祓い、自動車払い、神棚入れ。。。

もうびっくりしちゃいました!


そして、師僧に頼んだら「私は、11月まで予約がいっぱいだよ、自分でやりなさい」、依頼主の

方は「光照さんにお願いしているのだから、あなたでいいのよ」とのお言葉。。。


自分勝手な事いうと、すぐこんな事になります、でやりました、ぜーんぶ光照1人で。

法螺貝は、しのちゃん(法螺貝の名前)の前を通ればぶぉ~ぶぉ~と吹き、首はパンパンンに凝

り、家族に夜は近所に迷惑だからと止められてもそっと吹き練習しました。


懐水集の有花さんのもう一つのお仕事、エステサロンの神棚入れ神棚の上に大きな光が写っています。

電球ではありません。

神棚の魂入れ、準備が整い今から始めますの時ですが、神様はもう来て待っていてくださいました。

光輝くテイテイテイア!


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by bisyamon0114 | 2015-07-21 13:15 | Comments(0)
光照は出家してから3年半になります、このブログを立ち上げて早9か月!

そういえば、毘沙門さまとの出会い(19)にアップしている枯れない榊はまだ健在です。

昨年の11月から9か月、この夏を乗り越えるかなと心配です。

1か月ほど前、その榊の中で根っこが出ていた榊を庭で鉢植えにしましたが、それは枯れました007.gif

毘沙門さまに上げている榊は元気で、鉢植えにした榊は枯れ、何が違うかと言えば毎日お経のエネルギーを浴びるか否かです。

恐るべし、お経パワー!

出家してから2年間くらいは、何故か霊人達のお世話ばかりしてきました032.gif

可愛そうだから祓わず霊界へ導こうとする私に、師僧が「そんなことしてたらきりがないよ!そこらにいっぱい

いるんだから」と言われながらも、生きている人に話すように言い聞かせて毘沙門さまに光を降ろして頂き

霊界へ連れていってもらいました。

(後に、ちょ~怖い目にあい、霊人のお世話はもういいです・・・となるのですが。)

色々な依頼があります、もち初めてのことばかりです。

原因不明の病気、行方不明の人の捜索、就職祈願、合格祈願、幽霊祓い、屋敷祓い、追善供養、自動車祓い、等など

しかし、そのプレッシャーはいかほどや・・・と最近ようやく感じるようになりました。

とにかく、普通には見えないものを動かさなくてはならないお仕事ですからね!

神様のお力を借りなければ無理です。


6月末に依頼された追善供養、玄関にこんな見事なユリが活けてありました、私がユリが好きだとご存じで、心遣いに感謝です。

供養は受けますが、檀家寺にはしない予定です。

しかし、ここのお宅は200年もお願いされていたお寺を離檀してでもとの強いご要望でしたので、檀家としてお請け致しました。

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by bisyamon0114 | 2015-07-17 08:32 | Comments(0)
仏像を注文してからは、来る日も来る日も毘沙門天さまを待ち焦がれていました。

棚はどうするか、厨子はどうするか?

お迎えの準備を考えると楽しくなりました。


2009年の11月、私は竹生島、伊勢神宮、高野山、信貴山への旅を計画しました。

信貴山以外は初めての場所です。


竹生島の印象は昔はかなり隆盛を誇り、神仏を呼び加持を力を頂き、大きな物を動かす重要な場所だったように思いました。

でも今は何かマイナスのエネルギーにおさえ込まれているような感じを受けました。

島に到着後、私の体は重くなり、長い階段をやっと登りました・・・そして海を眺めていたら島の周りにぐるっとへばりつくように、龍が沈んでいるのを観じました。

昔はここの神仏のお使いをしていた金色の龍は、真っ黒になり沈められていました。

(これはあくまでも私の観じた事ですので)

その夜私は珍しく熱発したことを覚えています。


そして翌日は伊勢神宮へ初参拝、宇治橋を渡ってすぐの見事な松が印象的でした。

本殿に参拝後、内宮の森で撮影した写真が、毘沙門天さまとの出会い(1) (7)にアップしている大きな勾玉の形をしたオーブの写真です。


そして高野山へ、もう~驚きました、山の上の一大都市です。

奥の院にある名立たる武将の供養塔に、時代を超えて想いをはせワクワクでした。

(やはり私は武将好き、子供の頃よく見ていたテレビ番組は水戸黄門、暴れん坊将軍でした037.gif)

再び信貴山に到着、その日は小雨が降る静かな日でした。

私は本堂に参拝後、お茶をする場所を見つけて中に入りました、中にはニコニコ顔の尼のさんがいらして、色々なお話をしました。

信貴さんに来たいきさつ、毘沙門さもとの出会いの話などです。

その尼さんが千手院の照真さんでした016.gif

照真さんは、その日は雨で茶房のお客さんはなく、茶房を閉めようかと思ったけれど朝ラジオを聴いていたら、赤い糸の話をしていたので、こんな日には赤い糸で繋がった人が来るかもしれないと開けておられたそうです。

そして現れたのが私でした!

私はその日、照真尼さんのご縁で翌年2010年寅年2月、12年に一度行われる大祭、毘沙門灌頂を千手院で受ける事にしました。

毘沙門灌頂とは毘沙門さまの家族になる式です。


竹生島のお堂、彫刻が素敵

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伊勢神宮の松、光照が前世いたお城にもこんな松のお庭がありました
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信貴山の見事な紅葉

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by bisyamon0114 | 2015-07-13 16:17 | Comments(0)
電話相談のカウンセラーの認定証を頂いた時の嬉しさはひとしおでした。

仕事と主婦をしながら、2年間の研修は時間との戦いだったのです!

私は夜中の時間帯に電話相談につくことが多く、あと1本だけと無理をするようになり

また霊感が強いため、相談者の中に霊的な問題がある人がいるのを感じたりしました。

私は後にそんな問題で体調を壊してしまう事になります・・・

毘沙門さまとの出会いは、電話相談のボランティアをしている最中の出来事でした。

「やり残した事をやりとげなさい!」

の意味が分からないまま、私は毘沙門さまの仏像を作ることにしました。

その時は、とにかく毘沙門さまの仏像が欲しい~という気持ちでいっぱいになり後でどうするか
なんて考えもしませんでした。

娘から「そんな物作って、お母さんが死んだらその後はどうするの!」 と言われましたが
私が死んだら一緒に棺桶に入れたらいいよと軽くながしました。

そして、2009年10月13日ついに毘沙門さまの仏像を注文006.gif

(福岡、笹栗さんへ買いに行きましたが、毘沙門さまを欲しがる人はレアらしく注文になりました)

鞍馬型の毘沙門さま、大きさは15センチ位、前世の私、しのさんが懐に入れて持ち歩いていたサイズです。

名古屋の仏師に注文で2か月位でできる予定、届いたら雷山のお寺で開眼してもらうつもりでした。


母が亡くなり中止になった胎蔵界の修行をする準備を始めました

前回の修行を思い出すのに時間がかかり、4時間位かかりました008.gif

またしても五体投地の礼拝100回が・・・全身汗びつしょり、顔は塩吹いてました!

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by bisyamon0114 | 2015-07-10 00:39 | Comments(0)